イヌの血液のもとになる細胞群の性質を解明

イヌの血液のもとになる細胞群の性質を解明

アニコム先進医療研究所株式会社(代表取締役社長 河本 光祐、以下 当社)は、麻布大学と共同で、イヌの血液のもととなる造血幹/前駆細胞(Hematopoietic Stem and Progenitor Cells: 以下HSPCs)の造血能力と網羅的な遺伝子発現を解析することによって、イヌHSPCsの性質を明らかにすることに成功いたしました(以下 本研究)。この成果は、イヌでは未だ臨床応用されていない造血幹細胞移植の安全性向上や、造血メカニズムの解明へとつながる可能性があります。また獣医療の現場では供血犬(輸血犬)が活躍していますが、採血時の全身麻酔や採血可能な血液量の制限などが課題となっています。本研究は将来的に、供血犬の負担軽減や供血犬自体の削減にもつながるものと考えています。
また本研究はスイス科学誌『Frontiers in Veterinary Science』にて9月12日にオンライン公開されましたので、あわせてお知らせいたします。
  • 昨今の獣医療におけるイヌ血液の重要性増加とその課題
近年、飼育環境の変化や獣医療がヒト医療に追随する形で発展してきたことにより、イヌの死亡原因の第一位はヒトと同じく「がん」が占めるようになりました。ヒトのがん治療では、高用量の抗がん剤治療で生じてしまう造血障害による死亡リスクを回避すべく、造血幹細胞移植が普及・実施されています。しかし、イヌでは移植を行う細胞について、詳細な性質を調べた報告はほとんどなく、ヒトの報告に準じてイヌのがん治療に応用するための安全性試験投与が行われてきたにとどまっており、イヌ特有の造血幹細胞が持つ潜在的なリスクが理解されないままであることが課題となっています。

そこで本研究では、イヌ4頭の骨髄から造血幹細胞を含むHSPCsを採取し3群に分離した上で、それらの造血能力と網羅的な遺伝子発現を解析し、イヌの造血幹細胞の特徴を調査しました。
 
  • 本研究の概要と成果
イヌ骨髄から採取した細胞は、セルソーター※1を用いて、細胞表面マーカー※2別に「全生存細胞群(コントロール群)」「CD34+群(全生存細胞のうち、CD34のマーカーが陽性の群)」「CD34+/CD45diminished(dim≒弱陽性)群(CD34のマーカーが陽性で、さらにCD45のマーカーが弱陽性の群)」の3群に分離されました。その結果、イヌやヒトで従来よく使用されている「CD34+群(骨髄中の含有率0.36 ± 0.06 %)」に比べ、「CD34+/CD45dim群(骨髄中の含有率0.16 ± 0.03 %)」は、約1/2以下の含有量であることがわかりました。

次に各群における造血能力についてコロニーフォーミングアッセイ※3を用いて比較した結果、全ての群で造血細胞を含んだコロニーが確認されました。その中でも「CD34+/CD45dim群」にて最も多くコロニーが見られたことから、「CD34+/CD45dim群」が造血幹細胞を最も多く含んでいる(最もHSPCsを濃縮している)ことが推察されました。さらにRNAシーケンス ※4による網羅的な遺伝子発現解析により、「CD34+/CD45dim群」には血液のもととならない免疫細胞の混入が少ないこと、ヒトやマウスで報告されている既知の遺伝子が多数発現して
いることも判明しました。

▲イヌ骨髄から採取した細胞の解析の流れ:セルソーターを用いて「全生存細胞群」「CD34+群」「CD34+CD45dim群」の3群に分離された後、コロニーフォーミングアッセイとRNAシーケンスを用いて各群の解析が実施されました。▲イヌ骨髄から採取した細胞の解析の流れ:セルソーターを用いて「全生存細胞群」「CD34+群」「CD34+CD45dim群」の3群に分離された後、コロニーフォーミングアッセイとRNAシーケンスを用いて各群の解析が実施されました。

▲コロニーフォーミングアッセイによる造血能力の比較▲コロニーフォーミングアッセイによる造血能力の比較

A:確認された造血コロニーの顕微鏡写真。左から顆粒球コロニー、マクロファージコロニー、赤血球コロニー。
B:細胞1,000個当たりの造血コロニーの数。縦のバーがコロニーの個数を示し、それぞれの色は造血コロニーの種類によって色分けされています。造血コロニーの総数は「CD34+/CD45dim群」で最も多かったことから、さまざまな血液細胞になることができる造血幹細胞を最も多く含んでいると推察されました。
 
  • ​造血研究の発展に向けた第一歩。将来的には供血犬の負担軽減の可能性も
本研究を通じて、イヌHSPCsに関する研究において現在利用されている代表的な細胞表面マーカーのうち、「CD34+/CD45dim群」が最もHSPCsを濃縮していることが証明されました。さらに、「CD34+/CD45dim群」の遺伝子発現様式は、ヒトやマウスでの既知のものと共通する部分が多いと判明したことから、ヒト医療を参考に獣医療分野での臨床研究等で使用できる細胞表面マーカーの候補を示したと言えます。

こうした成果を、イヌ造血幹細胞の利用を含めた獣医療分野の造血研究に応用していくことで、イヌのがん治療法のさらなる発展や安全性確保につなげられる可能性があります。また造血研究が進むことで、将来的には供血犬の負担軽減や供血犬自体の削減にも寄与できる可能性があることから、獣医療分野における動物福祉の向上にも貢献できるものと考えています。

今後も当社では、さまざまな研究を通じて、獣医療の発展と動物福祉の向上を目指してまいります。
 

■論文概要
タイトル:Characterization of Canine CD34+/CD45 diminished Cells by Colony-forming Unit Assay and Transcriptome Analysis
著者:Taro Ayabe, Masaharu Hisasue*, Yoko Yamada, Suguru Nitta, Kaoruko Kikuchi, Sakurako Neo, Yuki Matsumoto, Ryo Horie, Kosuke Kawamoto
掲載誌:Frontiers in Veterinary Science
DOI: 10.3389/fvets.2022.936623
https://doi.org/10.3389/fvets.2022.936623

■用語解説
※1 セルソーター:細胞集団から目印のついた特定の細胞を生きたまま分取することが可能な装置。
※2 細胞表面マーカー:体を構成する細胞1つ1つに存在する目印となるタンパク質や糖鎖等のこと。主要な表面マーカーに対して結合する抗体を用いることで、混在する細胞の種類の識別に利用可能 。
※3 コロニーフォーミングアッセイ:細胞を半ゲル状の培地に播くことで、幹細胞やがん細胞であった場合に1つの細胞からでも増殖して集団(=コロニー)を形成する能力があるかどうかを確認する試験。本研究では造血能力の確認のために、様々な血液細胞になるための因子を含んだ培地を使用している。
※4 RNAシーケンス:生物の遺伝情報を担う核酸の1つであるRNAが、どれくらい発現しているかを網羅的に解析する手法。核酸の塩基配列を大量に読み込むことができる次世代シーケンサーによって得られたデータからサンプル間における遺伝子発現の差を解析することで、それぞれに特徴的に発現する遺伝子を調べることが可能。

参照元:PR TIMES

執筆:equall編集部

 

麻布大学生命・環境科学部 地域社会学研究室教授 大倉 健宏のインタビューはこちら>>

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