「殺処分ゼロ」は、気持ちだけで実現できるのでしょうか。

ペットの殺処分問題は、これまで動物愛護や倫理の観点から語られることが多い一方で、感情論だけでは解決しきれない「社会の仕組み」の問題も含んでいます。実際、行政に引き取られた犬猫の一部が殺処分に至る現実がある以上、制度として“減らす仕組み”を作る必要があります。

本記事では、論文『ペット殺処分の経済分析―試論的考察』をもとに、あえて経済学の視点から「殺処分ゼロ」を近づける政策を読み解きます。とくに注目するのは、議論を呼びやすい「行政引き取りの有料化」です。一見冷たく見えるこの提案が、なぜ“命を守る制度設計”になり得るのかを整理します。

  • 日本の殺処分の現状(データの見方)
  • なぜ殺処分がなくならないのか(経済学=市場の失敗の視点)
  • 論文が検討する4つの政策手段と評価
  • 「行政引き取りの有料化」が最適解とされる理由
  • 有料化の副作用(遺棄リスク)とセットで必要な対策

殺処分数は減少傾向でも「ゼロではない」

まずは現状確認です。環境省の集計では、保健所や動物愛護センターなど行政に引き取られる犬猫が毎年一定数存在し、その一部が殺処分に至っています。

2000年代と比べれば殺処分は大きく減少しました。背景には、保護・譲渡活動の広がりや、動物愛護法改正による行政の引き取り対応の変化などがあります。

それでも、地域差や、飼育放棄の流入が残る限り「ゼロ」を安定して維持するのは難しい。ここに、制度設計の議論が必要になる理由があります。

なぜ殺処分はなくならないのか:経済学でいう「市場の失敗」

鈴木教授は、殺処分が生まれる構造の一因として「市場の失敗」を指摘します。ポイントは、飼い主が手放すときに発生するコストが、飼い主本人ではなく社会(行政)に押し付けられやすい点です。

行政サービスの「安さ」が招く悲劇

経済学的に整理すると、行政がペットを引き取った瞬間に、社会側には大きな費用が発生します。

  • 私的費用(飼い主が払う):無料〜低額で済むケースがある
  • 社会的費用(行政が負担する):収容・医療・譲渡管理・終生飼養・殺処分対応など、実費がかかる

この費用の乖離が大きいほど、飼い主側に「最後まで飼い切る」インセンティブが弱まり、結果として引き取り需要が過大になりやすい。これが論文の問題提起です(外部不経済の発生)。

解決のための4つの政策手段と、その評価

論文では、殺処分を減らし、譲渡を増やすための政策手段として、主に次の4つを検討しています。

  • 供給側(愛護団体など)への補助金
  • 需要側(里親)への補助金
  • 行政による引き取り拒否の徹底
  • 行政による引き取りの有料化

結論として中心に据えられるのが、「行政引き取りの有料化」です。補助金や拒否の強化だけでは、副作用や持続性の問題が残ると整理されます。

なぜ「有料化」が最適解なのか

有料化の核心は、「本来かかるコスト」を価格として見える化し、行動を変える点にあります。環境政策の文脈では、外部不経済を内部化するためのピグー税と同じ考え方として説明できます。

有料化のメリット

  • 安易な放棄を抑制:限界費用(追加で1頭引き取るときの社会コスト)を飼い主側に負担させ、過剰な引き取り需要を減らす
  • ルールが明確:「払えば引き取る」という透明性があるほど、抜け道(闇ルート)に流れにくい
  • 税負担の合意形成が比較的容易:補助金より“受益者負担”に近い構造になり、税金投入の正当化が不要になりやすい

補助金(供給・需要)に残る問題

補助金は、政策として分かりやすい一方で、財源は税金です。

  • ペットを飼わない人、動物が苦手な人との合意形成が難しい
  • 自治体間で条件が違うと、補助が厚い地域に需要が偏る(ただ乗り・流入)可能性がある

引き取り拒否の徹底に残る問題

引き取り拒否は、制度上の抑止力になりますが、行き場を失った場合に、

  • 遺棄(捨て犬・捨て猫)
  • 不適切な業者への流出

といった副作用が起きるリスクがある点が論点になります。

「有料化」の副作用:遺棄リスクをどう抑えるか

ただし、有料化を強めるほど「高いなら捨てよう」という遺棄が増える可能性が出ます。論文はこの副作用を重要視し、有料化は単体ではなく、セット施策が必要という立場で議論します。

1. マイクロチップ(身元特定)の徹底

遺棄を「割に合わない行為」にするには、飼い主を特定できる仕組みが不可欠です。身元特定が強まれば、捨て得が減り、制度の実効性が上がります。

2. デポジット(預託金)制度

購入時に、将来の引き取り費用に充当できる預託金を上乗せする仕組みです。

  • 最後まで飼育できれば返金される
  • 飼えなくなって行政に引き渡す場合は、その費用に充当される

これにより「捨てるより、正規ルートで引き渡す方が合理的」になり、遺棄抑止につながります。

3. ペット飼育保険(引き取り費用のカバー)

飼い主の病気や失職など、予期せぬ事情で飼えなくなるケースに備える仕組みとして、保険の考え方が提示されます。支払い能力の急落が遺棄に直結しないようにする“安全弁”です。

経済学は「冷徹」ではなく「命を守る制度設計」

本論文レビューの要点を整理します。

  • 殺処分が残る背景には、行政引き取りの低負担が生む「外部不経済」がある
  • 補助金や拒否の強化だけでは、持続性や副作用の課題が残る
  • 有料化は、コストを内部化し、安易な飼育放棄を抑える有力な手段になり得る
  • ただし有料化は単体では危険で、遺棄を防ぐ仕組み(マイクロチップ、デポジット、保険など)をセットで設計すべき

「命に値段をつけるのか」という反発が出やすいテーマですが、論文が示すのは“値段をつけたい”のではなく、不幸な命を生む仕組みを減らすために、インセンティブを調整するという発想です。

感情と倫理を大切にしながらも、制度として再発を防ぐ。経済学は、そのための実装ツールになり得ます。

 

参考文献:ペット殺処分の経済分析―試論的考察

執筆:equallLIFE編集部

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