獣医療業界はいま、大きな転換期を迎えています。
ペット(小動物)診療へのニーズが高まる一方で、食の安全を守る産業動物獣医師の不足、世界的な課題である薬剤耐性(AMR)への対応、そして能登半島地震のような災害時の救護体制など、取り組むべき課題は山積しています。
本記事は、「獣医療をめぐる情勢と日本獣医師会の役割」をもとに、獣医療業界が抱えるリアルな現状と、これからのあるべき姿をレビュー形式で徹底します。
目次
獣医師の偏在問題 ペット診療への集中と産業動物分野の危機
獣医療業界における最大の構造的課題は、獣医師の活動分野における「偏り」です。論説に示されたデータによると、日本の獣医師有資格者は約4万人ですが、その内訳には大きな偏在が見られます。
現状の数字から見るアンバランス
現在、活動している獣医師のうち、小動物診療(ペット)に従事しているのは約41%を占めています。一方で、牛や豚などの家畜を診る産業動物診療に従事しているのはわずか11%に留まります。
新卒獣医師の動向
さらに深刻なのは若手の動向です。近年の新卒獣医師の約45%が小動物診療への就職を選択しており、産業動物分野への就職希望者との乖離が広がっています。
この背景には、都市部での生活を希望する学生の増加や、産業動物診療特有の労働環境(地方勤務、体力的な負担など)が影響していると考えられます。論説では、産業動物獣医師は地域による偏在もあり、不足していると指摘されています。
不足を補うための具体策
この問題に対し、農林水産省や獣医師会では以下の対策を講じています。
- 修学資金の給付:産業動物獣医師を志す学生への経済的支援
- 臨床実習の強化:現場を知る機会の提供
- 遠隔診療の推進:離島やへき地での診療効率化
特に遠隔診療は、獣医師不足に悩む地方において、技術継承と診療効率化の両面から切り札となる可能性があります。
世界共通の脅威「薬剤耐性(AMR)」への挑戦
獣医療だけの問題ではなく、人間の医療にも直結する重大なテーマが「薬剤耐性(AMR)」対策です。抗菌薬の不適切な使用により薬剤耐性菌が増加すると、感染症の治療が困難になります。
ワンヘルス・アプローチの重要性
論説では、動物・人・環境の健康を一つとして捉える「ワンヘルス」の概念に基づき、2027年までのアクションプランが示されています。
具体的な数値目標
2027年に向けた目標として、畜産分野での抗菌性物質の使用量を削減することが掲げられています。
- 畜産分野の抗菌剤使用量:2020年比で15%削減
- 第二次選択薬(重要度の高い抗菌薬)の使用量:27トン以下に抑制
これは単なる「薬を減らす」活動ではありません。ワクチンの開発や飼養衛生管理の向上により「病気にさせない」体制を作ることこそが本質です。小動物分野においても、飼い主に対して薬の慎重な使用を説明・指導していくことが求められています。
チーム獣医療の進化 愛玩動物看護師と専門医制度
獣医療の高度化に伴い、獣医師個人の力だけでなく、組織的な対応力が求められるようになっています。ここで鍵を握るのが「愛玩動物看護師」と「専門獣医師」です。
愛玩動物看護師の国家資格化
令和5年4月から、愛玩動物看護師が国家資格として業務を開始しました。これにより、従来は獣医師のみが行っていた業務の一部を看護師が担う「タスク・シェア」が可能になります。
論説では、獣医師よりも飼い主に近い存在である看護師との連携強化が、良質なチーム獣医療環境の整備に不可欠であると述べられています。現場の疲弊を防ぎつつ、高度な医療を提供するための重要な変革です。
認定・専門獣医師制度の整備
より高度な診療ニーズに応えるため、専門性を認定する仕組みも強化されています。「認定・専門獣医師協議会」が設置され、第三者機関として専門医の質を保証する体制が整いつつあります。これにより、飼い主は安心して専門的な治療を受けられる病院を選びやすくなります。
災害対策と組織基盤の強化 能登半島地震の教訓
日本は災害大国であり、動物の救護体制も常にアップデートが必要です。
VMAT(災害獣医療支援チーム)の運用
令和6年1月の能登半島地震では、日本獣医師会内に設置された危機管理室が機能し、迅速な対応が行われました。しかし、他県からの支援チーム(VMAT)の派遣に関しては、現場の混乱を防ぐために調整が必要であったという課題も浮き彫りになりました。
平時からの備えとして、被災現地の獣医師会を中心とした初動体制の構築と、それを後方支援する全国的なネットワークの連携手順を、より明確化する必要があります。
女性獣医師の活躍と組織の未来
データによると、20代の獣医師の5割以上が女性です。今後の獣医師会組織の基盤強化には、女性獣医師が働きやすく、活動に参加しやすい環境づくりが不可欠です。また、学生時代から獣医師会との接点を持つような柔軟な会員制度の導入も提案されています。
獣医療業界が目指すべき姿
今回の論説から見えてくる獣医療業界の未来は、個々の獣医師の努力だけでは解決できない課題に直面しているということです。
- 産業動物分野の人材確保:経済支援と働き方改革(遠隔診療など)のセット推進
- AMR対策の徹底:ワンヘルスの視点で人・動物・環境を守る
- チーム獣医療の確立:愛玩動物看護師との協働と専門医の活用
- 災害への備え:平時からの指揮系統の明確化
獣医療は、単に動物の病気を治すだけでなく、食の安全、公衆衛生、そして人と動物が共生する豊かな社会の基盤を支えています。私たち飼い主や消費者も、こうした業界の背景を理解し、適切な受診や抗菌薬使用への理解を深めることが、持続可能な社会の実現につながります。
参考文献:獣医療をめぐる情勢と日本獣医師会の役割
執筆:equallLIFE編集部








































