動物保護施設(アニマルシェルター)の設立や運営において、最も重要な要素の一つが「施設設計」です。
「ただ雨風をしのげれば良い」「数が多く収容できれば良い」という考え方は、現代の動物福祉科学において否定されています。不適切な設計は、動物のストレスや病気を招き、結果として譲渡率を下げ、運営コストを増大させるからです。
本記事では、シェルター・メディスンの世界的権威であるカリフォルニア大学デービス校(UC Davis)等のプログラムによる資料『Facility Design and Animal Housing(施設設計と動物の住環境)』をもとに、科学的根拠に基づいた「命を救うための施設設計」について解説します。
目次
シェルター設計における「収容能力」の正しい考え方
施設を大きくしても問題は解決しない
アニマルシェルターの設計において、最初に直面し、かつ最も多くの運営者が陥りやすい罠が「収容数」の問題です。
多くの保護団体は、地域の動物問題を解決するために「より多くの動物を収容できる大きな施設」を作ろうとします。しかし、この論文では「施設拡張によって収容数を増やすだけでは、殺処分数の減少にはつながらない」と警告しています。
施設を魅力的に改装しても、収容スペースを増やしても、それがあっという間に満杯になるだけで、根本的な解決にならないことが多いのです。むしろ、過剰な収容能力を持つ施設は、ケアの質を低下させ、動物の平均滞在日数(LOS)を不必要に延ばす原因となります。
適正収容能力(キャパシティ)の計算
動物にとって最適な環境を提供するためには、季節変動や動物の種類、予想される収容期間を考慮した「適正収容能力」を算出する必要があります。
- 過密収容のリスク:施設が狭すぎると、動物は慢性的な過密状態に置かれ、病気の蔓延やストレスの増大を招きます。
- 過大収容のリスク:逆に施設が大きすぎると、スタッフやボランティアが日々の世話(掃除や給餌)に追われ、動物の精神的なケアや譲渡活動に時間を割けなくなります。結果として、動物のストレスが増え、病気のリスクが高まり、譲渡までの期間が長期化します。
つまり、「管理できる数」を超えた収容は、動物を助けるどころか苦しめる結果になるのです。
動物の居住区画(プライマリーエンクロージャー)の要件
ダブルコンパートメント(二室構造)の推奨
動物が1日の大半を過ごすケージや個室(プライマリーエンクロージャー)の質は、動物の健康と福祉に直結する最も重要な要素です。
本論文で強く推奨されているのが「ダブルコンパートメント(二室構造)」の採用です。
ダブルコンパートメントとは、居住スペースを「食事・休息エリア」と「排泄エリア」の2つに分ける構造のことです。この構造には以下のメリットがあります。
衛生管理とストレス軽減
掃除の際、動物をケージから出すことなく、もう一方の部屋に移動させるだけで済みます。これにより、動物へのハンドリング(接触)によるストレスを減らし、病気の拡散リスクを最小限に抑えられます。
本能的な欲求の充足
特に犬は、寝床と離れた場所で排泄することを好みます。ある研究では、約70%の犬が寝床から離れた側で排泄を行ったというデータがあります。二室構造はこの本能的なニーズを満たし、トイレトレーニングの基礎作りにも役立ちます。
猫のためのスペース確保
猫の場合、トイレと食事・休息場所が近すぎると大きなストレスになります。これらを物理的に分けることで、快適な環境を提供できます。既存のステンレスケージでも、隣り合うケージをパイプ(ポータル)で繋ぐことで、安価に二室構造へリフォームすることが可能です。
隠れ場所の重要性
すべての動物において、「隠れる場所」の確保は必須です。
- 猫の場合:猫にとって隠れ場所はストレス対処の重要なツールです。段ボール箱やキャリーケースをケージ内に入れ、人や他の動物の視線から逃れられるようにします。キャリーケースを隠れ家として使えば、移動時のストレスも軽減できます。
- 犬の場合:犬にとっても、視線を遮ることができるクレートや、視覚的な障壁のあるベッドを用意することで、安心感を与えることができます。
ストレスと感染症を防ぐ環境制御
騒音コントロール:犬と猫は必ず分ける
猫にとって最大のストレス要因の一つは「犬の鳴き声」です。
研究によると、犬と同じ建物内で飼育された猫は、犬がいない環境の猫に比べて騒音レベルが著しく高く(80デシベル以上)、ストレスを受け続けていることが分かっています。犬を猫の飼育エリアから遠ざけるだけで、騒音レベルは劇的に低下します。
設計上の鉄則として、捕食動物(犬など)と被食動物(猫や小動物)は、視覚・聴覚・嗅覚的に完全に分離する必要があります。
また、ステンレス製ケージの金属音も動物の睡眠を妨げ、免疫力を低下させる要因になります。静音ラッチ(留め具)の使用や、吸音パネルの設置が推奨されます。
換気:回数よりも「質」
一般的に、動物飼育エリアでは1時間に10回から12回の換気が推奨されます。しかし、部屋全体の換気が良くても、個々のケージ内の空気が悪い場合があります。
特に側面や背面が塞がれたケージは空気が滞留しやすいため、前面や背面上部に十分な通気口があるデザインを選ぶ必要があります。
集団飼育(グループハウジング)の注意点
集団飼育のリスクと条件
日本でも「猫部屋」のような集団飼育が人気ですが、導入には慎重な判断が必要です。
集団飼育は、動物に運動や社会的な交流の機会を与えるメリットがありますが、感染症管理が難しく、個体の健康状態の把握が困難になるデメリットがあります。また、相性の悪い個体同士の同居は、強烈なストレスを生みます。
- 猫の集団飼育の基準:1頭あたり最低でも1.8平方メートル(約1畳分)の床面積が必要です。また、個体間の距離を保つため、垂直方向のスペース(棚やキャットタワー)も重要です。グループサイズは2~4頭の少数が望ましく、頻繁なメンバーの入れ替えはヘルペスウイルスの再活性化などを招くため避けるべきです。
- 犬の集団飼育の基準:犬の場合、集団よりも「ペア(2頭)」での飼育が推奨されます。食事時の喧嘩を防ぎやすく、相性の管理もしやすいためです。
「広さ」よりも「質」を上げる設計へ
今回の論文『Facility Design and Animal Housing』を読み解くと、日本の多くの保護施設が直面している課題への解決策が見えてきます。
日本では土地の制約から、どうしても「狭いスペースに多くの動物を」詰め込んでしまいがちです。しかし、データで示している通り、「質の低い環境での過密飼育」は、感染症(特に猫風邪など)の治療費増大や、譲渡率の低下、スタッフの疲弊といった「見えないコスト」を跳ね上げます。
特筆すべきは、「既存のステンレスケージを連結してダブルコンパートメントにする」という提案です。これは大規模な建て替えが難しい日本のシェルターでも、数千円~数万円程度のDIYで実現可能な、非常に費用対効果の高い改善策です。
「広さ」を確保できない場合でも、「隠れ場所を作る」「犬と猫の部屋を完全に分ける」「金属音を減らす」といった工夫は、明日からでも実践できます。
命を救うための施設設計の原則
動物保護施設の設計は、単なる「建物の話」ではなく、動物の命とスタッフの働きやすさを守るための「戦略」です。
- 数を追わず、適正な収容能力(キャパシティ)を守る
- ダブルコンパートメント(二室構造)で衛生と快適さを両立する
- 犬と猫の空間(視覚・聴覚・嗅覚)を完全に分離する
- 隠れ場所や垂直方向のスペースを確保し、動物に選択肢を与える
- 見た目の豪華さより、掃除のしやすさと動物のストレス軽減を優先する
これらの原則を守ることで、動物はより健康的になり、結果として新しい家族への譲渡もスムーズに進みます。
参考文献:Facility Design and Animal Housing
執筆:equallLIFE編集部








































