現代では家族の一員として愛されている猫。実は、日本の歴史において猫の扱いが劇的に変わったのは江戸時代であることをご存知でしょうか。
今回は、論文『日本における猫の歴史―近世―』をもとに、江戸時代の人々と猫の知られざる関係、経済的な価値、そして現代につながる「猫との絆」について解説します。
- 1602年の転換点「猫の放し飼い令」
- 益獣としての猫:馬より高い5両の価値
- 家族としての猫:戒名と墓石が語る愛
- 恐れられる猫:化け猫伝説と尻尾の秘密
- 招き猫の誕生と現代へのつながり
- まとめ
目次
1602年の転換点「猫の放し飼い令」
猫の歴史において最も重要な出来事の一つが、江戸幕府が開かれる直前の1602年(慶長7年)に出された法令です。
それまで、猫は皇族や貴族などの上流階級が飼育する高貴な愛玩動物であり、逃げないように紐(ひも)でつながれて屋内で飼われるのが一般的でした。しかし、当時の天下人である徳川家康により「猫の放し飼い令」が発布されます。
この法令により、猫をつないでおくことや売買することが禁じられ、京都の一条の辻に高札が立てられました。これを機に、猫は屋内の愛玩動物から、自由に街を行き交う存在へと変化し、庶民の生活の中へと溶け込んでいったのです。
益獣としての猫:馬より高い5両の価値
放し飼いにされた猫たちは、単にかわいいペットとしてだけでなく、「益獣(えきじゅう)」として重要な役割を果たしていました。
養蚕農家の守り神
江戸時代、日本の重要な産業の一つに養蚕(ようさん)がありました。蚕(かいこ)の幼虫や繭(まゆ)を食べてしまうネズミは、農家にとって天敵です。そのネズミを駆除してくれる猫は、極めて貴重な存在として重宝されました。
猫1匹=5両、馬1頭=1両
需要に対し猫の数が不足していたため、その価値は高騰しました。平戸藩主であった松浦静山の『甲子夜話』には、ネズミをよく捕る猫は「5両」、一方で馬は「1両」で取引されていたという記述があります。当時の猫は、労働力である馬の5倍もの価値を持つ、超高級な実用動物だったのです。
猫絵と職業の誕生
高価で猫が買えない家のために、「猫絵」と呼ばれるネズミ除けの絵が描かれ、お守りとして貼られるようになりました。また、猫のノミ取りを専門にする業者や、猫の絵を売り歩く商売など、猫に関連する新たな職業も生まれました。
家族としての猫:戒名と墓石が語る愛
猫は実用的な益獣としてだけでなく、現代と同じように「家族(伴侶動物)」としても深く愛されていました。遺跡の発掘調査や古文書から、その証拠が見つかっています。
猫専用の墓石と供養
東京都港区の伊皿子貝塚遺跡(旧大圓寺跡)からは、江戸時代の犬や猫の墓石が出土しています。中には「賢猫之塔」と刻まれた高さ37cmの墓石もあり、これは当時の中級武士の墓と同等の大きさです。薩摩藩島津家の屋敷があった場所とも関連があり、大名家でも猫を手厚く葬っていたことが推測されます。
人間と同じ戒名
両国の回向院にある過去帳には、猫や犬の戒名が記されています。「畜門転生(ちくもんてんしょう)」という言葉が含まれており、これは「次は人間に生まれ変わってほしい」という飼い主の切実な願いが込められています。また、戒名は人間と区別されずに並んで記されており、当時の人々が動物を人間と同等に扱っていたことがわかります。
恐れられる猫:化け猫伝説と尻尾の秘密
愛される一方で、江戸時代の猫は「化け猫」や「猫股(ねこまた)」として恐れられる対象でもありました。
長寿の猫は妖怪になる?
老いた猫は不思議な力を持ち、人語を解したり、人を惑わせたりすると信じられていました。特に「尾が二股に分かれる」という伝承から、尾の長い猫は嫌われる傾向がありました。
長尾から短尾への嗜好の変化
長い尻尾は蛇を連想させ、猫股になるかもしれないという恐怖心から、尾の短い猫が好まれるようになりました。これに、東南アジアから長崎を経由して入ってきた「尾曲がり猫」や「短尾の猫」の遺伝子が混ざり、浮世絵にも短い尻尾の猫が多く描かれるようになります。
化け猫の正体は感染症?
論文では、猫が狂暴化して人を襲うという「化け猫」の記述について、獣医学的な視点から「狂犬病」に感染した猫だった可能性も示唆されています。当時の衛生環境や病気への理解度を考えると、病気の猫の行動が妖怪の仕業として解釈されたのかもしれません。
招き猫の誕生と現代へのつながり
現代でも縁起物として親しまれている「招き猫」も、江戸時代に発祥したと言われています。
発祥には諸説あり
- 豪徳寺(世田谷区):井伊直孝を雷雨から救った猫の伝説
- 今戸神社(台東区):手放した愛猫が夢枕に立ち、人形を作れば福を得ると告げた伝説
- 遊郭の縁起物:薄雲太夫の猫伝説や、金銀の招き猫を飾ったことによる流行
右手を挙げている猫は「金運」、左手は「人(客)」を招くとされ、商売繁盛や家内安全の守り神として庶民の間に定着しました。
まとめ
江戸時代の猫の歴史を振り返ると、現代に通じる「かわいがる心」と、当時特有の「実用的な価値」「畏怖の念」が混ざり合っていたことがわかります。
- 1602年の法令で猫は「放し飼い」になり庶民に普及した
- ネズミ駆除の能力から、馬の5倍の価格で取引されることもあった
- 人間と同じような墓石や戒名が作られ、家族として愛されていた
- 長い尻尾は「猫股」になると恐れられ、短い尻尾が好まれた
- 招き猫などの文化もこの時代に花開いた
研究によって、当時の人々が私たちと同じように、あるいはそれ以上に猫を大切なパートナーとして扱っていた事実が明らかになっています。猫と人の絆は、数百年の時を超えて脈々と受け継がれているのです。
参考文献:日本における猫の歴史―近世―
執筆:equallLIFE編集部








































